2021年4月17日土曜日

もし外国人に日本旅行を企画するなら・・・。

勝手に日本旅行弾丸ツアーを企画してみました。

もちろん、実行はしないですw


【1日目】
東京国際空港(羽田空港)からスタート
(朝着を想定)

まずは東京スカイツリーにご案内
東京スカイツリー

その後昼食、鰻重

その後浅草へ

お茶タイムに芋ようかん

その後銀座へ

夕食は江戸前寿司

※東京湾屋形船クルーズに変更可

※希望者には温泉に案内

東京泊


【2日目】
明治神宮を訪問

原宿に移動

渋谷に移動

昼食はそばと天丼

秋葉原を散策

皇居前で記念撮影

東京駅に移動

新幹線で京都に移動

新幹線の窓から富士山を見る

京都着

夕食は京料理

京都泊


【3日目】
金閣寺

お茶体験

清水寺

伏見稲荷大社

昼食にうどん

奈良に移動
奈良公園

東大寺を訪問

夕食にすき焼き

大阪泊


【4日目】
姫路城を訪問

昼食にラーメン
※ラーメンは外国人にとても人気の日本料理です。

関西国際空港から帰国へ

こんな感じでしょうか?
日本旅行での注目観光スポットに重点を当てて組んでいます。

2021年3月29日月曜日

【コラム】かつての世界最大の都市コンスタンティノープルその繁栄と滅亡

イスタンブールと言った方がもはや通じるのかもしれません。
ローマ帝国、ビザンツ帝国の首都コンスタンティノープル

かつては世界の富の3分の2が集まるとさえ言われたそうです。

この街の始まりは西暦330年、
キリスト教を公認化したことで有名なローマ帝国のコンスタンティヌス帝が、
ビザンティオンと呼ばれた地方都市をキリスト教の街として改造したところからです。

コンスタンティヌス1世のフォルムの円柱

はじめはローマ帝国内の地方都市でしたが、
380年には、皇帝が常駐する首都になります。


イスタンブールにある地下宮殿(巨大な貯水槽)には、
コンスタンティノープル建設時に使われた古代神話の石像が見られます。

395年にはローマ帝国が東西に分裂、
コンスタンティノープルはそのまま東ローマ帝国の首都となります。

ちなみに西ローマ帝国はメディオラーヌム(現ミラノ)が首都、
後にラウェンナ(現ラヴェンナ)が首都になります。

初めからキリスト教の街として作られたコンスタンティノープルですが、
西ローマ帝国の滅亡とは裏腹に、繁栄します。

ウァレンス水道橋(古代ローマ時代の水道橋)

最盛期の皇帝ユスティニアヌス1世の時代、
ニカの乱と呼ばれる反乱の後に聖ソフィア大聖堂が現在の形に再建されます。

ユスティニアヌス1世
(イスタンブール考古学博物館)

現在でもイスタンブールのランドマークであるアヤソフィア(聖ソフィア大聖堂跡)

ユスティニアヌス1世は、
あまりの完成度の高さにより「ソロモンよ、我は汝に勝てり」と叫んだとか。
しかし、後にイスラム教のモスクに改修されてしまいます。

キリストにこの街(コンスタンティノープル)をささげるコンスタンティヌス1世と
この聖堂をささげるユスティニアヌス1世

皇帝と市民が集う場でもあった競馬場の跡

5世紀に皇帝テオドシウス2世によって建設されたテオドシウスの三重壁

ビザンチン文化の最高傑作と言われたコーラ修道院跡

7世紀には、イスラム帝国のウマイヤ朝に包囲されたり、
11世紀にはセルジューク・トルコによって脅かされたりはしますが、
1204年、第4回十字軍によりついに陥落し、ビザンツ帝国は一時滅亡。
十字軍国家のラテン帝国がコンスタンティノープルを占領。
一部ビザンツ皇族・貴族によりニカイア帝国として亡命政権が存続。

ドラクロア作、コンスタンティノポリスの陥落
(フランス、パリのルーヴル美術館所蔵)

1261年にラテン帝国の隙を突いてコンスタンティノポリスを奪回、
ビザンツ帝国は復活します。

しかし国力は以前程回復はせず、1453年、ついにオスマン帝国により滅亡を迎えます。
1453年4月、オスマン皇帝メフメト2世が10万もの軍勢で
コンスタンティノープルを包囲します。
その前年には拠点となる砦のルメリ・ヒサルを建造。
包囲網は日に日に狭くなり、コンスタンティノープルが最後の戦いとなります。

ボスポラス海峡に面したルメリ・ヒサル

オスマン帝国軍10万VSビザンツ帝国軍8千
この劣勢の中でも持ちこたえるが、5月29日についに陥落。

イスタンブール軍事博物館展示物

コンスタンティノス・ポルフュロゲネトスの宮殿(テクフール・サライ宮殿)
最後の皇帝、コンスタンティノス11世の王宮

エディルネ門
コンスタンティノープル陥落後にメフメト2世が入城したとのこと。

イスタンブールのファーティフ・ジャーミィにあるメフメト2世の棺

オスマン帝国時代に建てられたトプカプ宮殿

以来、オスマン帝国、イスラム教国の支配下となり、
トルコ共和国が誕生してからはイスタンブールと呼ばれて今に至っています。